山口明裕神父のブラジル便り(第2信)が届きました!!

 現在私は、パラナ州ノード・エスペランサで3人の司祭(ロベルト栗山神父=主任、レビ神父=隣町教会主任・病気療養中、アダシリオ神父=助任司祭・新司祭)と共に生活しています。この町はアソニガ大司教区内の一小教区で、約3万人の信者のために中心教会と26の巡回聖堂があります。毎木曜日と日曜日の朝と晩、中心教会のミサには、1000人を遥かに超える人々が参加します。また、市街内の巡回教会には月に2回、土・日曜日に、そして市街外の巡回教会には月1回、週日に分担してミサに出かけます。ただし、こちらブラジルは巡回教会と言っても日本の小教区の規模がありますから、ノード・エスペランサ自体が日本のどこかの小さな教区で、それを4人で分担して働いていると考えていただければよいと思います。・・・・私も数のうちに入っているとするならば・・・。したがって、こちらは信徒役務者や使徒職の養成がしっかりしているので、司祭の仕事は彼らの養成とミサの司式、たまにゆるしの秘蹟と病者の塗油といったところです。私の見る限りにおいては・・・・。

 ブラジルは信者数に比べて圧倒的に司祭数が不足しているというので、皆休む間もなく働いていると思っていましたが、どうもその実態は結構みなゴロゴロとしていたり、家の中や庭を徘徊しています。そして、現在では私もその一員です。

 ノード・エスペランサには、正確には分かりませんが、多分数千人の日系人がいます。町の人々は皆日本人(日系人)慣れしていて、私は何の違和感も抱くことなく、すんなりと町に溶け込むことができました。そして、皆とても親近感を持って親切に接してくれます。ただ一つ問題なのは、私が日本語を使えず、食べ物の異なる環境でさびしいだろうと気遣って、何とか日系人と引き合わせようとあれこれ気を配ってくれることです。私は日系人と出会わないように、日本語を使わない場所に身を置くのに大変苦労をしています。まっ、それがブラジル人の優しさなので、感謝しているのですが・・・・。

 彼らはどうも私が察するに、日本人は一つの小さな島に住み、また皆同じ顔をしているので、総ての日本人が家族か親戚か、あるいは友人であるかのごとく考えているようです。特に田舎に行けば行く程、彼らには情報も外国人に接する機会もないので、その傾向が強いように思います。

 兎に角、この町はとても住み良く、ポルトガル語を学ぶのにとても良い環境で気に入っています。

 ところで、先日2週間ほどかけてパラ州のベレン(州都・赤道直下)とカスタニャラの大阪ヨゼフ会、マラニャン州サンペトロ・ダ・アグア・ブランカの野中神父さんを訪問してきました。ベレンは港町で、植民地時代のヨーロッパ・黒人文化を色濃く残したとても綺麗な町で、ほんの一瞬ですが“ここに一生住みたい!!”という考えが頭を過ぎってしまいました。それ程までの雰囲気のある、とても魅力的な街でした。大阪ヨゼフ会と野中神父さんはそれぞれ地域の貧困家庭の子供たちを集めた幼稚園の仕事に携わっておられ、役所との交渉や職員の給料(市の負担であるのに未払い)、そして維持管理費の調達に頭を抱えていました。特に、野中神父さんの住む町は僻地の中でも極貧地域で、人々には仕事もお金も食べ物もなく、唯一豊かなのは子供の数くらいでした。数年前までは、ドイツ人の修道司祭が自国の援助を基に、巨大で立派な教会や要理会館、町の共同洗濯場、牛乳配達を目的とした大農場、公営住宅のようなものを建設し、ミサの参加者には経済的援助を与えていたようですが、人々は受けることに慣れてしまったため、労働意欲、自活力を既に失ってしまいました。当然の如く、彼ら自らの手ではこれらの施設を維持していくことが出来ず、放置され、売却され、近い将来廃墟と化すのが目に見えるようでした。

 彼の後を引き継いだ野中神父さんも大変苦労している様子でしたが、彼の幼稚園もまた実際のところ日本からの援助によって何とか成り立っているようで、来年4月以降、彼が日本に帰った後どう維持していくか、職員一同不安を隠せない様子でした。

 ベレンとサン・ペドロ・ダ・アグア・ブランカの写真を同封します。どうか、今後の研修がさらに充実した良いものになりますよう、お祈りをお願いいたします。
                                                       
                                                                                    2001919日)

      
        
                 ベレン                        ベレン・カテドラル               ベレン・ナザレ教会 マリアの巡礼地    
                                                                       ナザレ祭はブラジル3大祭のひとつ

        

                 
            サン・ペドロの中心教会                  サン・ペドロの中心教会の内部                サン・ペドロにて




                 
             ベレン・ナザレ教会                 サン・ペドロ教会前広場と商店街        サン・ペドロの巡回地区、町には電気はありません




                
       ベレン大司教区ラジオ放送局訪問ー左は          (左)文盲率が高いため、アルファベットの授業中(サン・ペドロ)共同洗濯場のひとつ(右)       
       大阪教区から研修中の川邨裕明助祭


               
       サン・ペドロ大司教区新学校(7年後)まで           ベレン大司教館にて                       ベレン
       残るのはその2割ほどだそうです          左から 私、川邨助祭、ビンセンチ大司教
                                     デジャラマ神父、ジョジマール(友人)


      


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